明治から続く揚げ場の系譜
明治36年、屋台「天ぷら兼ちゃん」として産声を上げたこの店は、大正期に「天兼」、平成元年に「天秀」と名を変えながら四代の職人が腕を振るってきた。曽祖父が掲げた「基本と順序を守り、手を抜かない」という教えは、現在の厨房にもそのまま息づいている。店名の変遷は時代への適応であって、根底にある天ぷらへの姿勢はぶれていない。伝統的な江戸前の技法を土台にしつつ、これまで使われてこなかった食材や組み合わせにも日々目を向けている。
新宿駅から徒歩およそ4分、西新宿の路地裏に構える店内は木目調の和モダンに改装されている。一品ずつ揚げたてが置かれるカウンター席では調理の音や油の香りがダイレクトに届き、正直この臨場感だけで訪れる価値があると感じた。テーブル席も用意されているため、会食や記念日の利用にも対応する。都心の立地でありながら、店内に入ると外の空気とは明確に切り離された静けさがある。
玉締め絞りの胡麻油と揚げの精度
天秀の天ぷらを語るうえで外せないのが、関根油店から仕入れる胡麻油の存在だ。江戸時代に確立された「玉締め絞り」という製法で、焙煎した胡麻を鉄枠内でじっくり搾油し、約2日間かけて和紙でろ過する。焙煎・搾油・ろ過の三段階を経た油は雑味が極端に少なく、胡麻本来の甘い風味だけが残る。この希少な油を惜しまず使うことで、揚げ上がりに独特の香ばしさと軽さが同居する。
衣の水分量や粉の配合は、食材の水分・気温・油の状態によって毎回微調整される。温度の見極めは衣を油に落としたときの広がり方や音で判断しており、数値だけに頼らない感覚的な領域が大きい。口コミでは「揚げ物なのにみずみずしい」という表現が繰り返し登場し、この仕上がりが天秀を再訪する動機になっているという声が目立つ。四代にわたって蓄積された揚げの勘所は、マニュアル化しにくい職人技そのものだ。
豊洲市場で選び抜く旬の天種
毎朝豊洲市場に足を運び、産地を限定せず、その日最も状態のよい魚介や野菜を仕入れる。小魚から大型魚、根菜や葉物まで幅広く目を通し、仕入れの判断基準は「今日いちばん旨いかどうか」の一点に集約される。定番の海老や穴子に加え、季節ごとに入れ替わる天種がコースの構成を毎回変えている。固定のメニューに縛られない柔軟さが、通い慣れた常連にも新鮮さを感じさせている。
たとえば冬場は白子や牡蠣が登場し、春先にはふきのとうや山菜が天種に加わる。素材ごとに衣の厚みと揚げ時間を変え、カウンター越しにその判断が目の前で行われる光景は、食事というよりライブに近い。「季節ごとに来ないと全貌がわからない」と話す常連客もいるようで、リピーターの多さが仕入れの質を裏づけている。
コース料理とランチの棲み分け
小鉢からデザートまで組まれた4種類のコースでは、豊洲で仕入れた旬素材が一皿ずつ順番に揚げられていく。日本酒は料理人自身が試飲し、天種との相性で選んだ銘柄を常時10種類ほどそろえている。天種に合わせておすすめの一杯を提案してもらえるため、ペアリングの楽しみが食事全体の満足度を底上げする。予約すればランチタイムにコース料理を提供してもらえるので、昼の会食にも使いやすい。
ランチは天重・かき揚げ丼・天ぷら定食の3種で、いずれも味噌汁・お新香・デザート付き。創業時から継ぎ足してきた天つゆはやや濃いめの味付けで、大根おろしと合わせると魚類の旨味が一段引き立つ。ランチ帯の価格設定は江戸前天ぷらとしてはかなり手が出しやすく、初めての来店はランチから試すという人も少なくないようだ。夜のコースとは違った気軽さで、同じ油・同じ技術の天ぷらを味わえる。


